第2章:「おもてなし」をデザインする ~IDEF0で考える「おもてなし」の構造~
導入:繁盛店Bの店長は、なぜ「心」が読めるのか?
ここに、二つのレストランがあります。A店とB店。どちらも、味や価格、立地はほとんど変わりません。
A店は、スタッフ教育が行き届いており、入店から会計まで、マニュアル通りに丁寧なサービスが提供されます。しかし、そこに驚きや感動はありません。効率的ですが、どこか機械的。お客様の記憶には残らない店です。
一方のB店。あなたがお子様連れで入店すると、スタッフはマニュアル通りのテーブル席ではなく、さっと奥のソファ席へ案内してくれます。「こちらの方が、周りを気にせず、ごゆっくりお過ごしいただけるかと思いまして」。
あなたがメニュー選びに少し迷っていると、「本日のお魚は、お子様でも食べやすいように骨を丁寧に取り除いてありますよ」と、絶妙なタイミングで声をかけてくれる。
この差は、一体何なのでしょうか?
B店のスタッフが、たまたま「気が利く」優秀な人材だったからでしょうか?それだけではありません。もしそうだとしたら、そのスタッフが休みの日は、B店はA店と同じ「普通の店」になってしまうでしょう。
B店の強さの秘密。それは、「おもてなし」を個人の才能や精神論に頼らず、誰もが実践可能な「仕組み」として設計していることにあります。
おもてなしは再現可能なサービスとして設計できる
「おもてなし」は、設計できます。お客様の心を読み、期待を超えるサービスは、科学的にデザインできるのです。この章では、そのための設計図と、それを描くための道具を、あなたにお渡しします。
1. 「おもてなし」の再定義:それは、究極の「リスクマネジメント」である
私たちは「おもてなし」と聞くと、何か特別な、プラスアルファの行為を想像します。しかし、その本質を捉えるには、まず視点を変える必要があります。
そもそも、飲食店でお客様が体験する価値は、何もしなければ時間と共に低下していく、という宿命を背負っています。厨房で生まれた、熱々で香り高い完璧な状態のスープ。その価値のピークは、お客様の口に運ばれるまでの僅かな時間で、刻一刻と失われていきます。
お客様の満足度を脅かす「リスク」は、料理の温度だけではありません。
「忙しいのは分かるが、入店して5分も放置された」
「禁煙席を希望したのに、何も聞かれずに煙たい席に通された」
「この料理、写真と全然違うじゃないか…」
これらはすべて、お客様の期待を裏切り、満足度を著しく低下させるリスクです。サービスの品質とは、お客様との一つひとつの接点、すなわち「真実の瞬間」において、これらの無数のリスクをいかに管理し、回避できるかにかかっています。
つまり、「おもてなし」の土台とは、お客様を「がっかりさせない」ための、徹底したリスクマネジメントなのです。B店のスタッフは、あなたが「子どもが騒いだらどうしよう」「どの料理が子ども向けだろう」と不安に感じるリスクを、あなたが口に出す前に先回りして取り除いてくれたのです。
2. サービスを「分解」する魔法の道具、IDEF0
では、どうすればサービスに潜むリスクを洗い出し、先回りした対応を「設計」できるのでしょうか。ここで登場するのが、IDEF0(アイデフゼロ)というツールです。
難しそうな名前ですが、ご安心ください。これは、どんな複雑な仕事も、シンプルな4つの要素に「分解」して考えるための、いわば「思考のフォーマット」です。
インプット(Input):活動によって加工される「モノ」や「情報」。
コントロール(Control):活動を行う上での「ルール」「制約」「マニュアル」。
メカニズム(Mechanism):活動を実際に行う「人」や「道具」。
アウトプット(Output):活動の結果として生み出される「成果物」や「新しい情報」。
この「フォーマット」を使えば、例えばB店の「お出迎え」という一つの活動は、以下のように分解できます。
インプット:来店された「お客様(お子様連れ)」
コントロール:「席の配置図」「予約状況リスト」
メカニズム:「接客スタッフ」「スタッフの判断力」
アウトプット:「ソファ席に案内されたお客様」「お客様が子連れであるという情報」
漠然としていた「おもてなし」が、具体的な要素の組み合わせであることが見えてきました。
3. ストーリー:繁盛店Bは、こうして「設計図」を手に入れた
B店の店長、田中さん(仮名)も、最初からこの方法を知っていたわけではありません。彼は、店の売上が伸び悩んでいた頃、ある問題に頭を悩ませていました。
「なぜ、ベテランの佐藤さんがいる日はお客様の満足度が高いのに、新人の鈴木君がホールに立つと、途端にクレームが増えるのだろう?」
鈴木君は真面目で、マニュアルは完璧に覚えています。それなのに、なぜかお客様を怒らせてしまうことがある。この「なぜ」を解明するため、田中さんはIDEF0を使って、店のサービスを分解してみることにしたのです。
彼がまず取り組んだのは、最もクレームが多かった「お出迎え」のプロセスでした。ベテランの佐藤さんと、新人の鈴木君にヒアリングしながら、設計図を描いていきます。
活動①:お客様を出迎える
この活動のアウトプットは何か?鈴木君は「お客様の人数です」と答えました。しかし佐藤さんは「人数はもちろん、お客様の雰囲気、持ち物、お子様連れかどうか、そういった『観察情報』もアウトプットですよ」と言います。
活動②:座席を決定する
次に、席の決定です。鈴木君は「マニュアル(コントロール)通り、2名様なら2名席にご案内します」と答えます。彼の仕事は、前の活動のアウトプット(人数)を、次の活動のルール(コントロール)として適用する、減点されないための最低限の仕事でした。
一方、佐藤さんはこう言います。「もしお客様が大きな旅行カバンを持っていたら(観察情報=アウトプット)、その情報を使って、私の判断(メカニズム)で、通路の広い席や、荷物を置けるスペースのある席を選びます」。
その瞬間、田中店長は雷に打たれたような衝撃を受けました。
「これだ…!鈴木君は、マニュアルという『ルール』に従っているだけ。佐藤さんは、お客様の観察情報という『ヒント』を基に、自分の裁量という『道具』を使って、マニュアルにはない付加価値を生み出しているんだ!」
4. マニュアル対応を超える「2つの価値創造」構造
田中店長が発見したこと。それこそが、本書の核心であり、私の論文が突き止めた「おもてなし」の構造です。
O→C構造(守りのサービス):失敗を防ぎ、信頼を築く
これは、前の活動のアウトプット(Output)が、次の活動のルール(Control)になる構造です。
「2名様で来店」→「2名席へ案内する」
「禁煙席を希望」→「禁煙席へ案内する」
これは、絶対に守らなくてはいけない、お客様との約束です。この「守りのサービス」を徹底することが、お客様の信頼を築く土台となります。
O→M構造(攻めのおもてなし):期待を超え、感動を創る
こちらは、前の活動のアウトプット(Output)が、次の活動の道具(Mechanism)になる構造です。
「お客様が寒そうにしている(観察情報)」→「その気づきを基に、ひざ掛けを持っていく(スタッフの裁量という道具を発動)」
「お子様がフォークを落とした音がした(観察情報)」→「その音を基に、頼まれる前に新しいフォークを持っていく(スタッフの行動力という道具を発動)」
これは、お客様から要求されていない、先回りの価値提供です。これこそが、お客様の心を掴み、「また来たい」と思わせる感動の源泉なのです。
田中店長は、この発見を基に、店のマニュアルを刷新しました。単なるルールブックではなく、ベテランスタッフが実践している「O→M構造」のパターンを、「こういうお客様がいたら、こういう提案をしてみよう」という「おもてなしのヒント集」として明文化したのです。結果、鈴木君のような新人スタッフでも、自信を持って「攻めのおもてなし」ができるようになり、店全体の顧客満足度は劇的に向上しました。
5. 【実践ワーク】あなたの店の「おもてなし」を設計図にしよう
さあ、今度はあなたが、あなたの店の田中店長になる番です。以下のワークシートを使って、サービスの設計図を描いてみましょう。
テーマ: あなたの店で、最も改善したいサービスを1つ選んでください。(例:注文を取る、お会計をする、など)
【おもてなし設計ワークシート】
1. サービスを分解する:
選んだサービスは、具体的にどのような小さな「活動」の連鎖で成り立っていますか?書き出してみましょう。
(例:①テーブルに近づく → ②メニューを渡す → ③質問に答える → ④注文を記録する)
2. O→C構造(守りのルール)を洗い出す:
それぞれの活動において、「これだけは絶対に守らなければならない」というルール(コントロール)は何ですか?それを破ると、どんなクレームに繋がりますか?
(例:注文の記録において、アレルギー情報を必ず確認する。忘れると重大な事故に繋がる)
3. O→M構造(攻めのチャンス)を探す:
それぞれの活動中に、お客様から観察できる「情報(ヒント)」は何ですか?そのヒントを基に、スタッフの裁量(メカニズム)で、どんな「先回りの価値提供」が可能ですか?
(例:質問対応中、お客様がカロリーを気にしている様子なら、ヘルシーなメニューを提案する)
(例:注文記録中、お客様が日本酒の銘柄で迷っていたら、それぞれの味の違いを簡単に説明し、試飲を勧める)
このワークを通じて、あなたの店のサービスの「現状」と「伸びしろ」が見えてきたはずです。
「おもてなし」は、一部の才能あるスター選手に頼るものではありません。優れた設計図と、それを使いこなすためのヒント集があれば、チーム全員がスター選手になれるのです。
しかし、素晴らしい設計図を描いただけでは、まだ半分です。その設計が、本当にお客様の満足度向上に貢献しているのか。それを客観的な「数字」で測定できなければ、改善は長続きしません。
次章では、この目に見えない「顧客価値」の変動を、まるで株価チャートのようにリアルタイムで見える化する、究極の評価手法「CVMS(Customer Value Management System)」の世界へ、あなたをご案内します。
第1章:飲食店の現場のバリューチェーンを特定する
なぜ、あなたの店の努力は報われないのか?
「なぜ、こんなに頑張っているのに、お客様は再来店してくれないのだろう?」「なぜ、味には自信があるのに、売上が一向に伸びないのだろう?」「隣の繁盛店と、うちの店では一体何が違うのだろう?」
飲食店で働く皆さんなら、一度はこんな疑問を持ったことがあるはずです。日々の現場で、お客様の「美味しい!」の声や、スタッフ同士の助け合いにやりがいを感じながらも、思うような成果につながらないもどかしさ――。それは決して、あなたの「心」や「気合」が足りないからではありません。
飲食業界の現実と「心」だけでは乗り越えられない壁
日本の外食産業は24兆円を超える巨大な市場ですが、従業員一人当たりの売上は製造業の6分の1、時には9分の1とも言われるほど生産性が低い業界です。参入障壁が低い分、毎年多くの新しいお店が生まれる一方で、それ以上の数が静かに姿を消しています。
私たちはこれまで、「お客様への感謝の心」や「心のこもったおもてなし」を何よりも大切にしてきました。もちろん、それはサービス業の根幹です。でも、その「心」や「気合」だけに頼っていて、本当に安定した成果を生み出せるでしょうか?店長の熱意は、アルバイトスタッフの隅々まで均一に伝わっているでしょうか?Aさんの「最高のサービス」とBさんの「最高のサービス」は、お客様にとって同じ価値でしょうか?多様な文化や価値観が交わる現場で、いつでも均質なサービスを提供できているでしょうか。
残念ながら、答えは「ノー」です。個人の感覚や経験、その日の気分に左右されるサービスは、必ずムラを生みます。そしてそのムラは、顧客満足の低下に直結し、気づかぬうちにお客様の足を遠のかせてしまうのです。
繁盛している店と、そうでない店の「決定的な差」
あなたの店のすぐ近所に、いつもお客様で賑わっている競合店はありませんか?提供している料理のレベルは、あなたの店と大して変わらない。価格もほぼ同じ。それなのに、なぜかあちらの店にはお客様が吸い寄せられていく。
「きっと、立地がいいからだろう」「たまたまSNSでバズっただけさ」
そう考えるのは簡単です。しかし、繁盛店には繁盛するだけの、明確な「仕組み」が存在します。それは、スタッフ一人ひとりの動きが無駄なく連動し、お客様の期待を超える体験を安定して生み出すための「設計図」です。
多くの店は、日々の忙しさの中で、この「設計図」を持たないまま戦っています。それはまるで、「指揮者のいないオーケストラ」のようなもの。個々のスタッフがどれだけ頑張っても、店長(あるいは店の仕組み)が指揮者として機能しておらず、スタッフ(演奏者)がそれぞれ自分の判断だけで音を出しているため、美しいハーモニー(質の高い顧客体験)にならず、不協和音(サービスのムラや混乱)が生じます。
「サービスマネジメントはプロジェクトマネジメントである」という新しい視点
ここで提案したいのは、「サービスマネジメントはプロジェクトマネジメントである」という考え方です。
プロジェクトマネジメントとは、特定の目的を達成するために、限られた時間・予算・人員の中で計画を立て、進捗や品質を管理しながら、ゴールに向かってチームを導く手法です。例えば新しいメニューの開発や店舗改装だけでなく、「一組のお客様の来店から退店まで」も、実は"プロジェクト"なのです。
目的:お客様に満足して帰ってもらうこと
期限:入店から退店までの限られた時間
チーム:ホール・厨房・時にはお客様自身も含めた全員
成果:また来たいと思ってもらう体験
プロジェクトマネジメントの手法を現場に取り入れることで、「誰がやっても同じ価値を生み出せる仕組み」をつくることができます。つまり、勘や経験に頼る属人的な運営から脱却し、再現性のある"おもてなし"を実現できるのです。
なぜプロジェクトマネジメントがサービスマネジメントに適用できるのか?
飲食店のサービスは、毎回同じように見えても、実は「毎回違うお客様」「毎回違う状況」に対応する"新しいプロジェクト"の連続です。プロジェクトマネジメントの本質は、「一度きりの仕事を成功させるための管理手法」であり、
目標:顧客満足・再来店
期限:限られた時間
チーム:現場スタッフ+厨房+時にお客様自身
予算:人件費・食材費・時間
といった要素をバランスよくコントロールすることが求められます。
サービスマネジメントも、実は同じ構造を持っています。
どの瞬間に、どんな価値を提供すればお客様が満足するのか?
どこでリスク(クレームや不満)が発生しやすいのか?
どうすれば、誰がやっても同じレベルのサービスを提供できるのか?
これらを「プロジェクト」として捉え、計画・実行・評価・改善のサイクルを回すことで、現場の"ムラ"を減らし、安定した成果を生み出せるようになります。
舞台に立つ「3人の主役」
レストランという舞台を構成する主役は、3人います。それは「お客様」「接客スタッフ」「厨房スタッフ」です。この3者がそれぞれの役割を果たし、互いに影響を与え合うことで、店舗という一つの物語が紡がれていきます。
これまでは、これら3者の動きを、お客様と店という見方で、漠然と捉えていたかもしれません。しかし、本当に強い店を作るためには、まず、それぞれの主役の視点に立って、その行動や目的を一つひとつ分解してみる必要があります。
それぞれの主役が、どのような「価値」の連なり(=バリューチェーン)を体験し、生み出しているのか。まずは、その流れを個別に見ていきましょう。
お客様の「心の旅」を追いかける ~顧客のバリューチェーン~
お客様にとって、飲食店での体験は一つの「旅」のようなものです。店を知り、扉を開け、食事を終えて店を出るまで、その心は期待や満足、時には小さな不満を感じながら移ろいでいきます。この一連の「心の旅」こそが、顧客のバリューチェーンです。
動機形成お客様の「旅」は、お客様が店に来るずっと前から始まっています。テレビや雑誌、友人からの口コミなどで店の存在を知り、「行ってみたい」という期待感が生まれるステージです。
入店実際に店を訪れ、外観や店内の雰囲気に触れることで、事前の期待がさらに高まったり、あるいは少し違うと感じたりします。
注文メニューブックを開き、料理を選ぶ楽しい時間です。写真や説明文が、これから始まる食事への期待をかき立てます。
提供注文した料理が運ばれてくる、最も期待が高まる瞬間です。見た目の美しさや香りが、満足感を一気に高めます。
食事実際に料理を味わい、「美味しい」という最も直接的な価値を感じるステージです。
会計体験全体の価値を、支払う対価と比較して判断する最後のステージです。「この満足感でこの値段なら安い」と感じてもらえれば、旅は大成功です。
最終的な価値は、入店する前にもった事前期待と、入店してから退店するまでの間に受けたサービスや食べた「料理」の体験との差と支払った対価によって決定されます。(店の価値=f(体験-事前期待, 対価))
価値を届ける「おもてなしの鎖」 ~接客のバリューチェーン~
次に、接客スタッフの動きを見てみましょう。彼らの仕事は、お客様の「心の旅」に寄り添い、その価値を最大化するための「おもてなしの鎖」を繋いでいくことです。
出迎えお客様を笑顔でお迎えし、席までご案内することで、店の第一印象を決定づけます。
受注お客様からの注文を受け、厨房へと正確に伝達します。このコミュニケーションが、後の満足度を左右します。
提供厨房で完成した料理を、最高の状態でテーブルに届けます。料理の価値を最大限に高める重要な役割です。
巡回お水のお替りや、空いたお皿を下げるなど、お客様が快適に過ごせるよう気を配り、安心感を提供します。
会計感謝の気持ちを伝えながら、正確に会計を行います。
動機付け「ありがとうございました」の一言や、クーポンをお渡しすることで、「また来たい」という次の来店動機を促します。
最終的な価値は、入店時に形成された価値と、退店するまでに行ったサービスの顧客にとっての印象の総和です。これは必ずしもプラスに機能するのではなく、マイナスにも機能し、顧客の事前期待を下回ると再来店しないという結果をもたらす場合もあります。
美味しさを生み出す「舞台裏のサイクル」 ~厨房のバリューチェーン~
最後に、美味しさの源泉である厨房です。厨房の仕事は、注文を受けてから料理を作るだけではありません。常に最高のパフォーマンスを発揮するための、絶え間ない「サイクル」が存在します。
仕込み営業前に野菜をカットしたり、出汁を取ったりと、注文に迅速に応えるための準備を行います。
調理注文を受け、お客様の期待を超える一皿を創り上げる、価値創造の核となるステージです。
提供完成した料理が冷めたり、伸びたりする前に、価値が最大となる瞬間に接客スタッフへとパスします。
洗浄お客様が食べ終えた食器を洗い、次の準備をします。お客様の食べ残しから、満足度を推し量ることもあります。
厨房にとっての価値は、「料理」の状態がすべてであり、顧客へ提供された瞬間が価値最大時である必要があるため、提供の段でさまざまな価値維持活動を行うこととなります。
すべての流れを繋ぐ「店の設計図」~バリューチェーン・フレームワーク~
ここまで、3つの「物語」と「仕事の流れ」を見てきました。ここからが最も重要です。これらは、決して別々に動いているのではありません。
顧客、接客、厨房の3つのバリューチェーンは「料理の提供」という一点で、固く、そして決定的に結びついています。厨房が作った料理を、接客がお客様に提供し、お客様がそれを受け取って食べる。この瞬間に、3者の価値は一つに繋がるのです。
出所:「博士論文 外食産業におけるサービス設計と評価に関する研究」(浅井俊之、名古屋工業大学、2012)
どれだけ厨房が素晴らしい料理(価値)を作っても、接客の提供が遅れたり、態度が悪かったりすれば、お客様が受け取る価値は半減します。逆にお客様が最高の気分でいても、肝心の料理が出てこなければ、物語は破綻します。一つの鎖の輪が外れれば、すべての鎖は意味をなさなくなるのです。
通常、開店中のレストランでは、複数の顧客を同時に受入れています。この受入れ形式には多くのバリエーション、例えば単独、カップルからビジネスランチまで存在します。したがって、同一テーブルを共通の「場」とする顧客同士の関連性並びに他のテーブルを「場」とする顧客間の関連性まで想定できます。このため、提示したバリューチェーンは顧客ごとに形成され、レストラン内部では常に複数のバリューチェーンが「場」に合わせて相互関連しあっている構造があります。
3S(Scheme, System, Service)モデルによる詳細分析
プロジェクトマネジメントの標準モデルである3Sを外食産業に適用することで、より精密な分析が可能になります:
Scheme:顧客との協働による価値創造の枠組み
System:料理提供とサービス提供の統合システム
Service:真実の瞬間における価値付加活動
この3要素が相互連携することで、個別最適ではなく全体最適を実現します。
複数プロジェクトの同時並行管理としてのレストラン運営
レストランでは常に複数の顧客(プロジェクト)が同時進行しており、これはプログラムマネジメントそのものです。各テーブルが独立したプロジェクトでありながら、厨房・接客リソースを共有し、相互に影響し合う構造を持ちます。
【実践】あなたの店の「設計図」を描いてみよう
この「レストランのバリューチェーン・フレームワーク」こそが、あなたの店を客観的に分析し、改善点を見つけ出すための最も基本的なツールとなります。
さあ、このフレームワークを使って、あなたの店を詳細化して分析してみましょう。以下の質問に答えるだけで、あなたの店の「強み」と「弱み」が浮かび上がってきます。
顧客について
お客様があなたの店に来る「動機」で、最も多いものは何ですか?
お客様が「注文」の際に、最も迷ったり、質問したりするのはどのメニューですか?
接客について
「出迎え」から「最初のオーダー」まで、平均で何分かかっていますか?それはお客様にとって快適な時間ですか?
スタッフによって、お客様への「巡回」の頻度や質にバラつきはありませんか?
厨房について
最も提供に時間がかかるメニューは何ですか?その待ち時間をお客様はご存知ですか?
営業中、「仕込み」が足りなくなることはありませんか?それはなぜ起こりますか?
これらの問いに答えることで、漠然としていた店の課題が、バリューチェーン上の「特定のポイント」の問題として、具体的に見えてくるはずです。
【コラム】ファストフードはなぜ安い? フレームワークで解くビジネスモデルの違い
このフレームワークは、ファミリーレストラン以外の業態にも応用できます。例えば、マクドナルドに代表されるファストフード店。彼らはなぜ、低価格を実現できるのでしょうか?
それは、接客のバリューチェーンのうち「出迎え」や「巡回」を省略し、「受注」「会計」「提供」をカウンターで同時に行うことで、徹底的に効率化しているからです。また、厨房も「仕込み」や「洗浄」の作業をセントラルキッチンや使い捨て容器の活用で最小限にしています。
最近はモバイルオーダーを導入したことにより、ボトルネックとなっていた受注可能上限を向上させることが可能となり、受注可能上限で抑えられていた製造可能上限が向上しています。
このように、どのチェーンのどの部分を「強化」し、どの部分を「省略」するかによって、その店のビジネスモデルが決定されるのです。あなたの店の特徴は、このフレームワーク上でどのように説明できるでしょうか?
この章で、私たちは店の運営を構造的に理解するための「設計図」を手に入れました。個々の業務が、全体の中でどのような役割を果たしているのかが見えてきたはずです。
しかし、優れた設計図があるだけでは、良い家は建ちません。次章では、この設計図を基に、具体的な「おもてなし」という名の柱や梁を一本一本、科学的に組み立てていく方法を学んでいきましょう。
参考文献
書籍
近藤隆雄. サービスマネジメント入門. 生産性出版, 2004.
学術論文
浅井俊之, 越島一郎. 外食産業におけるサービスマネジメントに関する研究. 国際プロジェクト・プログラムマネジメント学会誌. 2008, vol. 2, no. 2, p. 138-147.
博士論文
浅井俊之. 外食産業におけるサービス設計と評価に関する研究. [博士論文]. 名古屋工業大学, 2012.
政府・機関資料
社団法人日本フードサービス協会. 平成21年外食産業の市場規模. http://www.jfnet.or.jp/data/h/data_c_o10_2010.html, (参照 2011).
日本自動車工業会. 2009年の主要製造業の製造品出荷額等. http://www.jama.or.jp/industry/industry/industry_1g1.html, (参照 2011).
日本自動車工業会. 自動車関連産業と就業人口. http://www.jama.or.jp/industry/industry/industry_1g1.html, (参照 2011).
経済産業省. 商工業実態基本調査(平成10年).
統計局. 事業所・企業統計調査. http://www.stat.go.jp/data/jigyou/2006/kakuhou/gaiyou/02.htm, (参照時期不明).
報告書
サービス産業のイノベーションと生産性に関する研究会. サービス産業におけるイノベーションと生産性向上に向けて 報告書. 経済産業省, 2007.
はじめに:なぜ、あなたの店の努力は報われないのか?
「なぜ、こんなに頑張っているのに、お客様は再来店してくれないのだろう?」
「なぜ、味には自信があるのに、売上が一向に伸びないのだろう?」
「隣の繁盛店と、うちの店では一体何が違うのだろう?」
飲食店で働く皆さんなら、一度はこんな疑問を持ったことがあるはずです。
日々の現場で、お客様の「美味しい!」の声や、スタッフ同士の助け合いにやりがいを感じながらも、思うような成果につながらないもどかしさ――。それは決して、あなたの「心」や「気合」が足りないからではありません。
飲食業界の現実と「心」だけでは乗り越えられない壁
日本の外食産業は24兆円を超える巨大な市場ですが、従業員一人当たりの売上は製造業の6分の1、時には9分の1とも言われるほど生産性が低い業界です。参入障壁が低い分、毎年多くの新しいお店が生まれる一方で、それ以上の数が静かに姿を消しています1。
私たちはこれまで、「お客様への感謝の心」や「心のこもったおもてなし」を何よりも大切にしてきました。もちろん、それはサービス業の根幹です。でも、その「心」や「気合」だけに頼っていて、本当に安定した成果を生み出せるでしょうか?
店長の熱意は、アルバイトスタッフの隅々まで均一に伝わっているでしょうか?
Aさんの「最高のサービス」とBさんの「最高のサービス」は、お客様にとって同じ価値でしょうか?
多様な文化や価値観が交わる現場で、いつでも均質なサービスを提供できているでしょうか。
残念ながら、答えは「ノー」です。
個人の感覚や経験、その日の気分に左右されるサービスは、必ずムラを生みます。そしてそのムラは、顧客満足の低下に直結し、気づかぬうちにお客様の足を遠のかせてしまうのです1。
「サービスマネジメントはプロジェクトマネジメントである」という新しい視点
ここで提案したいのは、「サービスマネジメントはプロジェクトマネジメントである」という考え方です。
プロジェクトマネジメントとは、特定の目的を達成するために、限られた時間・予算・人員の中で計画を立て、進捗や品質を管理しながら、ゴールに向かってチームを導く手法です2579。
例えば新しいメニューの開発や店舗改装だけでなく、「一組のお客様の来店から退店まで」も、実は“プロジェクト”なのです。
目的:お客様に満足して帰ってもらうこと
期限:入店から退店までの限られた時間
チーム:ホール・厨房・時にはお客様自身も含めた全員
成果:また来たいと思ってもらう体験
プロジェクトマネジメントの手法を現場に取り入れることで、「誰がやっても同じ価値を生み出せる仕組み」をつくることができます。つまり、勘や経験に頼る属人的な運営から脱却し、再現性のある“おもてなし”を実現できるのです。
なぜプロジェクトマネジメントがサービスマネジメントに適用できるのか?
飲食店のサービスは、毎回同じように見えても、実は「毎回違うお客様」「毎回違う状況」に対応する“新しいプロジェクト”の連続です。
プロジェクトマネジメントの本質は、「一度きりの仕事を成功させるための管理手法」であり、
目標(顧客満足・再来店)
期限(限られた時間)
チーム(現場スタッフ+厨房+時にお客様自身)
予算(人件費・食材費・時間)
といった要素をバランスよくコントロールすることが求められます。
サービスマネジメントも、実は同じ構造を持っています。
どの瞬間に、どんな価値を提供すればお客様が満足するのか?
どこでリスク(クレームや不満)が発生しやすいのか?
どうすれば、誰がやっても同じレベルのサービスを提供できるのか?
これらを「プロジェクト」として捉え、計画・実行・評価・改善のサイクルを回すことで、現場の“ムラ”を減らし、安定した成果を生み出せるようになります。
本書の3つのステップ
本書では、飲食店の現場で誰でも実践できる「仕組み化」の方法を、3つのステップで解説していきます。
Step 1:儲かる店の「仕組み」を分解する
「顧客」「接客」「厨房」という3つの視点から、日々の活動を分解し、どこで価値が生まれているのか、バリューチェーン・フレームワークで明らかにします。
Step 2:「最高の瞬間」をデザインする
「おもてなし」という曖昧なものを、誰でも実行可能なプロセスへと設計し直します。業務を見える化する「IDEF0」という手法を使い、マニュアルを超えた価値提供の仕組み化を学びます。
本書の核となる「CVMS (Customer Value Management System)」で、お客様の心の動きをリアルタイムで捉え、データに基づく改善を実現します。
さあ、“なんとなく”繁盛している店から、“狙って”繁盛させる店へ
この本は、現場で働くすべての方――店長、若手スタッフ、経営幹部――が、「自分の店をもっと良くしたい」「スタッフみんなで同じ方向を向きたい」と思ったとき、すぐに使える“現場の教科書”です。
難しい理論や数字は、できるだけやさしく、明日から使えるヒントをたくさん詰め込みました。
「働く人が幸せでなければ、お客様も幸せにできない」
――この本が、あなたの現場で、明日からの一歩を後押しできることを心から願っています。
さあ、あなたの店を“なんとなく”繁盛している店から、“狙って”繁盛させる店へと変革する旅を始めましょう。
参考文献リスト
博士論文関連
「外食産業におけるサービス設計と評価に関する研究」(PDF)
浅井俊之(2012年)
プロジェクトマネジメント関連
「プロジェクトマネジメントとは?」(SMBC公式解説)
「プロジェクトマネジメントの基本」(MIRAIDESIGN記事)
「プロジェクトマネジメントの重要性」(Sony Acceleration Platform)
「実践的なPM手法10選」(SINTEC記事)